LOOSE GAME 03-7


『よしこの道を、アタシが邪魔したような気がしている。今、娘。という道を離れて、そのことを後悔してる』

あたしは、何度も読み返した、そのメールを再びケイタイの画面に呼び出した。

『未来はすべてよしこのもの。娘。と同じくらいよしこのこと大事だって言えなかった自分が間違ってるって、今は思う。ゴメン』

あたしが、このメールに返した返事は、ただ一言。

『圭ちゃん、愛してるよ』

福岡公演の後は、圭ちゃんの卒業コンサだった。
春コンの最終、埼玉スーパーアリーナ2DAYS。

だから。
あたしは、どんな屈辱を舐めても、自分の声で、圭ちゃんを送ってあげたかった。
だから、その為にはいつくばったんだ。あいつらの足元に。

FIGHT OR FLIGHT?
いつも彼らが投げかける言葉。
そしてあたしは、自分の大切なものの為にFLIGHTの道を選んだ。

でもそれはFIGHTよりも厳しい選択。
クソヤロウの前にはいつくばった事実は消えないし。
その事実が、あたしを苛んだ。

自分で選んだことなのに。
そのことを思い出すと吐き気に襲われる。
まるで、幽体離脱してるみたいに、アイツらの前、床に額をこすりつける自分が見えるようで。その度に、鳥肌が立って虚脱感に襲われた。

闘うよりもひどい道があるなんて、あたしは初めて知った。

でもそれは知らなければいけないことだったって。
今は信じたい。

闘い続けるあの人の目にうなされて、眠れない夜を過ごしながら、あたしは自分に言い聞かせた。

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結果的に、圭ちゃんの卒業コンサートが、あたしの卒業コンサートにもなった。
ううん、別に卒業コンサートなんてもんじゃないか。

ただ、娘。として立った、最後のステージ。

後悔はしてない。
してない?

わからない。
本当は、みんなに言いたいことがたくさんあったような気もする。

安倍さんに、いつも笑顔をありがとう。
かおりんに、作り続けることをやめないで。
矢口さんに、小さい体の大きなパワーが大好き。
梨華ちゃんに、もっと肩の力を抜いてもいいんだよ。
ののに、ののはみそっかすなんかじゃないんだよ。
あいぼんに、どんなあいぼんだって愛してるよって。
高橋に、そのまま真っ直ぐ走り続けて。
紺野に、強い自分を信じて。
小川に、何も残せなかったことごめんって。
新垣に、一番つらい状況で一番元気な最年少が心強かったって。

でも、何も言えなかった。
ただ、はいつくばって手に入れたもの。
あたしは自分の声で。
大声で。

そのステージに立った。

予感はあった。
これが最後かもしれない。

だから、あたしを愛してくれた沢山の人たちに、何度も何度も叫んだ。

「ありがとう」

たとえ、その意味が伝わらなくても。

あたしの声が奪われたあの日。
あの瞬間。

あたしは決めていた。

このクソッタレの世界から足を洗おうって。

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春コンが終わって、ほんの1日だけのオフ。
明日からはミュージカルの稽古の日々が待っている。

久しぶり、家族全員がそろった朝食のテーブルで。
忙しく動き回るお母さんと、寝ぼけまなこのお父さんと、小競り合いをしている弟二人。
あたしは、ぽつりと言った。

「あたし、娘。やめるかもしれないから」

弟達はぽかんとあたしの顔を眺めた。
お母さんは手に持っていたマーガリンの入れ物を落とした。
お父さんは、新聞から目も上げないで言った。

「それは相談か?」
「ううん、決定事項、かも」

「許さんからな」

あたしとお父さんの間は、このところずっと冷戦状態が続いていた。
仕事の合間っていう時間制限付きなら家にいるのが大好きだったあたし。
うるさいけど、可愛い弟たち。
怒るとうるさいけど、普段はジョークばっかり言ってる面白いお父さん。
それに、明るくて優しいお母さん。
この中にいると、まるで決まりきったホームドラマの娘役を演じているみたいな、薄っぺらいけど、心地いい安心感に包まれていられた。

だけど、彼らと出会って。
あたしは服が変わり、ほんのわずかのオフの時間を家の中というぬるま湯で過ごすより、新しい友達と、時には憧れのあの人たちと、スリルと興奮に満ちた夜の街で過ごすようになった。

娘。になる前もなってからも、あたしの素行にうるさかったお父さんは、当然、夜中になっても帰らないあたしを。
破れたTシャツやジーンズに革ジャンを着て出ていくあたしを叱りつけた。

あたしのこと心配してくれてること、わからないほど子供じゃなかった。
ただ、あたしにとっては愛してはいても、偽物のこの家より、外の世界の方が魅力的に感じていただけ。
その魅力に抗えるほど大人でもなかっただけ。

頑固なお父さんと、お父さん譲りに頑固なあたし。
どちらも折れることがなく、いつからか、顔を合わせるたびに怒鳴りあいの喧嘩になるか、無視しあって口もきかないか。
そんな状態になっていた。

あたしは、お母さんの淹れてくれた、甘いミルクティーを飲み干すとテーブルを立った。

今日のあたしは特別に気合が入ってる。
お気に入りのブラックスリムジーンズに、破ってピンで留めたガーゼシャツ。胸にはFUCK NO!の文字。今のあたしの気分にぴったり。髪は前に森やんに教えてもらったのを思い出して、リーゼント風に上げた。

お父さんはそんなあたしを、にらみつけた。
まるであたしが裸で出掛けようとしているみたいな目だった。

「ねーちゃん、不良〜」
弟が茶化した口調で言う。
「ばーか、ロッカーって言えよ」

「どこ行くの?」
お母さんの心配そうな声。
「ちょっと」
「ちょっとって、今日はお休みなんでしょ?」
「心配しないで、犯罪はおこさないよ」
半分ジョークで、半分本気で答える。

「ほっとけ」

吐き棄てるようにお父さんが言った。
あたしはお父さんを無視して玄関に向かった。

スタンドカラーのライダースを羽織る。
ドクターマーチンのワーキングブーツを履く。

「暑くない?」

お母さんが背中に声をかける。
こんなときでも、変なところにつっこみを入れるお母さん。
そんなのんびりした、でも家の中のギスギスを消してくれるお母さんが大好きだ。

あたしはドアを開けてから、お母さんに振り返った。
ゴールデンウィーク明けの外は、絵に描いたような五月晴れ。
多分気温もずいぶん上がってるだろう。

「暑いけど―――、ロックはしんどいもんやけん」

あの人の口調を真似て答えた。
お母さんは不思議そうな顔で、あたしを見送った。

あたしは笑顔でお母さんに手を振った。

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本当は、まだ決心なんてできてないのかもしれない。
ううん、できてない。
できるわけがない。

あたしはモーニング娘。を失いたくない。

アポなしでやってきたあたしに、事務所内は騒然となった。
そりゃそうだ。
娘。に入ってからも事務所に顔を出すことなんて数えるほどしかなかったし、しかも今日は半年ぶりの丸一日のオフなんだから。

いつも顔を合わせている現場のスタッフはまだしも、顔を合わせたことのない人たちは、あたしが突然現われたことと、そして、あたしの格好が、ゲーノー人らしいお洒落さも、アイドルらしい可愛らしさも感じられない―――しかも、季節的にもちょっと問題のある革ジャン姿だったことに驚いているのがわかった。

「社長さんとか、偉い人に会いたいんですけど」
あたしを見て、目を丸くしてる受付の女の子に言う。
女の子は、あたふたと言葉を濁した。
「えっと、社長は……」
「いない?えーっと、じゃあ、どうしよう」

あたしは、女の子の目をみて、そして事務所中に聞こえるような大きな声ではっきりと言った。

「あたし、モーニング娘。辞めたいんだけど。そういう話、できる人、呼んで」

尊大な態度を、虚勢を、崩さないように。
でも、心臓はばくばく言ってた。

これは最後の賭け。
あたしは、あたし自身と娘。と両方を手にできるのか。
それとも、自分を手に入れるために、娘。を棄てるのか。

歌う場所じゃない。
もちろんお金でもない。

娘。に入ってから、娘。はあたしの全てだった。
愛する仲間がいて。
たとえ押し付けでも、でも、あたし達の手でいろんなものを作り上げてきた。
音楽も、コンサートも、友情も。

それを失ったあたしがどうなってしまうのか、あたしにはわからない。
でも、このままの状態で娘。でいることも、もうできない。
あたしが、壊れちゃう。

受付でしばらく待たされた後、でてきたのは山田さんだった。
ツイてない。
できたら、山田さんには会いたくなかった。
コイツのいないところで話がしたかった。

でも、一番あいたくなかったのは、姫野ちゃんで。
姫野ちゃんがでてこなかった分、助かったのかもしれない。

姫野ちゃんの前で、「娘。を辞める」なんて言えない。

「よう、吉澤。休みの日にまで事務所に現われるなんて、お前がそんなに仕事好きとは知らなかったなぁ」

相変わらずの、あたしのこと小ばかにした態度。
でも、そうやって、ふざけていたければふざけてればいい。
もう、そんなことにいちいち傷ついたりしないから。

「オハヨーゴザイマス、山田さん。でも、山田さんでは話にならないんすけど」

コイツの前、震えながらはいつくばった光景が、アタマの中、フラッシュバックする。背中に冷たい汗が走る。みぞおちが痛む。
体の傷より、屈辱の傷の方が始末に負えない。

「今日は、威勢がいいなぁ。まぁ、俺もお前とゆっくり話がしたかったんだ。そんなつれないこと言わないで、時間もたっぷりあることだし、じっくり話合おうや」

コイツのペースに乗せられちゃいけない。
これ以上、コイツに、余計な傷をつけられたくない。

あたしは、すぐ近くのデスクで、仕事をしてるフリをしながら、多分耳をダンボにしてあたし達の話を聞いていたであろう男の人の腕を掴んだ。
男の人は、驚いて体を揺らした。

「仕事中スミマセン。あたし、会社の、誰がどれくらい偉いとかそういうこと、分からなくて。山田さんって、あたしが娘。辞めるとかそういうこと決めれるくらい偉いですか?」
「何言ってんだ!」
山田さんが声を荒げる。
あたしに腕をつかまれた男の人は、目を白黒させてた。
「山田さん、あたし達の前だとすっごく偉そうなんですけど、本当はそんなに偉くないですよねぇ?」

バチン。
耳のそばに衝撃を感じた。
不意打ちにあたしはよろけて、デスクにぶつかり、椅子が倒れる派手な音が響いた。
事務所の女の子の悲鳴が上がった。

山田さんがあたしを殴った。

やたら権力を振りかざす人間は権力に対してコンプレックスを持ってることくらい、あたしにだって分かる。そして、自分が支配していると思っている人間が反抗することに一番腹を立てることも。
つまり、学校の先生と同じ。
でも、それにしても、こんなにまで効果的とは思わなかったよ。

怒りに肩を震わせて、あたしを睨みつけている山田さんの形相を見上げて思った。

でもね、あたしは、もうみんなに小突き回されすぎて、殴られるくらいなんともないんだよ。あんたのお陰で。

「商品に手を上げちゃまずいんじゃないですか?山田チーフ」

薄ら笑いを浮かべながら、そう言い返すこともできる。
あたしは、ひりひりと痛む頬を撫ぜながら、ゆっくりと立ち上がった。
これ見よがしに、お尻の埃をパンパンとはたく。

あたし達の周りは、仕事するフリをすることを止めた事務所の人たちが人垣を作っていた。驚きと、そして好奇心を滲ませた顔をして。

あたしは、自分を見失ってあたしに手を上げたことに呆然としている山田さんの脇をすり抜けて、人垣を掻き分けた。
事務所の奥に進む。
強行突破。

あたしは、事務所の奥に並んだドアを手当たり次第にあけて、言って回った。

「娘。辞めたいんですけど。話できる人いますかー?」

後ろから、我に帰った山田さんが追いかけてきた。
「やめろ!」
あたしの腕を掴む。
でも、あたしも必死だったんだ。
あたしは山田さんを振り払って、ドアを開けながら奥に進んだ。

「やめろ!頼む、やめてくれ!!」

山田さんが、命令じゃなく、懇願の口調で言ったことに、思わずあたしは手を止めて、ヤツを見た。

「CMの打ち合わせに、代理店とクライアントが来てるんだ。頼むから騒ぎを起こさないでくれ」

山田さんはがくりと肩を落としてそう言った。
チャンスは今だ。

「だったら、社長か、とにかく上の人を呼んでください」
「その前に、俺と話そう?話、ちゃんと聞くから」
「山田さんとこの話をするつもりはありません。呼んでくれないんだったら、自分で探すのを続けますよ?今日はダメでも。明日も、明後日も、仕事場でも騒ぎ続けますよ?」

今更、猫なで声を出したって無駄だよ。

山田さんは悔しそうにあたしを睨んで。
でも、デスクの電話を取ってどこかに連絡を入れた。

一回戦はあたしの勝ち。
仕事の偉い人が来てて、あたしが騒いだせいでその仕事がダメになるかもしれない。
そんな状態であたしが騒ぎ続けるはずがないってこと。
大好きな娘。のみんなに迷惑になるようなことするはずがないって。

あたしが、娘。を愛してるって。

そのことに気がつかなかった、ヤツの負け。
みんながみんな、娘。をただの金の生る木だと思ってると思ったら大間違いなんだよ、ばーか。

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さすがに体が震えた。

自分のしてることが、本当にとんでもないことなんだって。
だって、目の前には、事務所の社長、つんくさん、山田さん。そして、さっき貰った名刺に「近藤法律事務所」と入ってた、事務所の顧問弁護士とやらの男の人。

本当は、まさかこんなにあっさり社長や、忙しいつんくさんと話ができるとは思ってなかった。
でも、これは多分、ヤツの賭けだ。
一時の感情で乗り込んできたあたしが、つんくさんや偉い人たちを、大人を前にして怖気つくのを。自分が、ちっぽけな子供だって思い知るのを狙ったんだ。

でも、その賭けはアンタの負けだよ。
あたしは、確かに18になったばかりの小娘だけど。
でも、モーニング娘。なんだよ。

それに、あたしは、自分が闘えることを、知ってるんだ。

話が始まる前。
あたしは、そっと、自分の拳にくちづけた。

あたしよ、負けないで。
あたしのヒーロー、あたしに勇気を。

「娘。を辞めたいんです」

口を開くのは、その一言で十分だった。
後はヤツらが勝手に話し始めた。

最初は社長だった。

この世界いろいろ大変なこともあるし、今君は難しい年頃だし、いろいろ難しいことはあると思うけれど、そう一足飛びに結論を出してしまうのはちょっと焦りすぎなんじゃないかね。今、一時の感情で辞めたいと思って後で後悔しても遅いんだよ。何か悩みや、行き違いがあったんならここで話し合って分かり合おうじゃないか。それにしても、辞めたいからっていきなり事務所に乗り込んできたのは、モーニングもたくさんいたけどキミだけだよハッハッハッ。

無視した。
何の意味もない言葉の羅列だ。

あたしは子供だから。
子供だからこそ、そんな意味のない言葉には騙されないよ。

「でも、辞めたいんです」

次は弁護士さんだった。

「でもねぇ。キミ。大人の世界には契約ってものがあってね―――」
「分かってます。昨日、家の契約書読んできました。難しい言葉ばっかりで、正直よく分からなかったですけど。とりあえず、あたしは、来年の4月までの契約になってて、それまでに勝手に事務所を辞めるようなことがあれば違約金を払わなければいけないってことですよね?」
「わかってるんなら―――」

あたしは、ぐるりと、あたしを取り囲む4人の大人を見回した。
正直、自分でも何やってるんだろうって思う。
大人相手に喧嘩して、勝ち目があるはずないって。
でも、他に方法を知らないんだ。

「でも、それは、あたしが勝手に辞めるときですよね?もしくはそっちから勝手に辞めさせるときか。だから、合意の為に話し合いに来たんです。つんくさんも山田さんもあたしにいつやめてもいいって言いましたよね?」

山田さんはぎょっとした顔をして、社長に何かもごもごと言い訳をつぶやいた。
「それはその、彼女に喝を入れるために」とかなんとか。
つんくさんは、この話し合いの席に着いたときから、ずっとにやにやと変な薄笑いを浮かべてあたしを見ていて。今もその表情は崩れることはなかった。気持ち悪かった。

「でもね、辞めるとか辞めないとか、そんな簡単な問題じゃないんだよ。キミ達の周りでどんなにたくさんの人間が動いているか、どんな大金が動いているか。キミだって子供じゃないんだ、分からないわけないよね?」

弁護士がとりなすように言った。
分かってる。
そんなこと分かってる。
その責任のせいで、今まで言いたいことが言えなかったんだ。
自分の周りに渦巻く、自分でも想像がつかないような大きなカネと利害。
あたし達の周りで働く大勢の大人。

「それは、そっちの問題です。どんなにたくさんのカネが絡もうと、誰に迷惑をかけようと、そんなのクソくらえ。あたしは娘。として一生懸命仕事してきました。そっちの都合なんか関係ない」

「本当にモーニングを辞めたいのかね?それとも何か要求があるのかね?」

社長がイライラしたように言った。
あたしみたいな小娘。適当にあしらってごまかせるって思ってたんだろう。

「まず、卒業や新加入は事後報告じゃなくて、決定する前にあたし達に相談してください。それから、テレビ出演や雑誌のインタビューの際の台本をなくしてください。コンサートでのセットリストやMCもあたし達の意見を取り入れてください」

あたしはそこで言葉を区切った。
そして、薄笑いを浮かべているつんくさんを真っ直ぐ指差した。

「つまり、モーニング娘。は、この人のものじゃなくてあたし達のものだって。何か決めるときはこの人じゃなくて、あたし達に決定権をください」

その途端。
つんくさんは壊れたようにゲラゲラと笑いだした。
その場にいた全員がぎょっとしたようにつんくさんを見た。

「相変わらず、お前はおもしろいのぉ。この前はもう反抗しませんって土下座したかと思たら、今度は直談判かぁ?」

感情的になったら負ける。
そう思っても体が震えた。

「あれは、アンタ達の汚いやり方に合わせただけ。この世界じゃ口約束なんて意味がないんでしょ?反抗しないって契約書に判を押した記憶はないですけど?」
「ふーん。多少は小ざかしくなったようやな。せやけど、お前らに一体何ができるんや?お前らがここまで来れたんは、俺が全部決めてやったおかげやぞ?」

「あたし達に何ができるって?」

自分の声が震えてることに気がついた。
あたしは泣いていた。
感情的になったら、負けだって思ってたのに。

「今も前も、娘。を作ってきたのはあたし達です。あんた達が安っぽくばら撒くインチキ臭い増えたり減ったりの話のお陰じゃない!あたし達が心を込めて歌って、ひとつひとつ作り上げて来たんです!」

あたしは泣き叫んでいた。
大人達の前で。

どうして分かってくれない?
どうして、ここまでしても、あたし達はアンタ達のゲームの駒でしかないの?

「これは、娘。のみんなの総意じゃないです。あたしの希望です。でも、あたしは今のままでは耐えられません。あたしの意見が―――言いたいことがわかってもらえないんなら。あたしは辞めます。辞めさせないっていうんなら、それはそれでいいです。あたしはこのことを、どこででも言い続けます。あんた達が、あたしのマイクを切ろうが、殴りつけようが、言い続けます」

しゃくり上げながらあたしは言った。
こんなつもりじゃなかった。
対等に渡り合ってやるつもりだった。

あたしは、結局は子供だった。

「後は、あんた達で決めてください。あたしの希望を聞いてくれるか、あたしを辞めさせるか。好きなだけ秤にかけて勝手に決めてください。話は終りです」

自分を賭けて。
今の娘。で、あたしに賭ける価値があるのかどうかもよくわからなかったけど。
でも、これから6期が入って、分割があって。その中に、あたしっていう爆弾を抱えていることのリスクを賭けて。
そんな不安定な状態の娘。での自分を賭けて、有利に取引を進めるつもりだった。

でも、結局。
あたしは、ダダをこねる子供みたいに、大人達の前で泣きながら喚くことしかできなかった。

あたしは会議室をとびだした。

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廊下に出て歩いていると、いきなり誰かに背後から腕をつかまれた。
すごく強い力で。
振り向くこともできないうちに、体を強く押されて、近くのドアの向こうに押し込まれていた。そこは空の会議室だった。
勢い余って床に倒れこんだあたしは、やっと背後の人物の顔を見上げた。

「何で、お前は、俺の言うことが聞けやんのや?」

そこには、一目で普通じゃないって分かる。
目を血走らせたつんくさんがいた。

「なに……」

カチャリ。
後ろ手にドアの鍵をかける音。
恐怖に身がすくんだ。

「お前らは、俺の言うこと聞いて、にこにこにこにこアホみたいに笑とったらええんや」

ヤツは、言いながら倒れこんだままのあたしの腹を蹴り上げた。
その衝撃に自分の体がふわりと浮くのを感じた。
そのあとに続く衝撃は痛みというより電流みたいで、あたしは息を詰まらせて体を折り曲げた。

何で?何で?何で?

確かにあたしは生意気な行動をとった。
でも、この目の前にいる男は普通じゃない。

「ええか?お前らに自分でなんかする力なんかいらんのや。お前らは従順で清純で日本中の男の理想の彼女でおらなあかんのや。自己主張なんか必要ないんや。日本中の人間にちょっと頭の弱い女の子の集団やって思われとらなあかんのや」

言いながらヤツはじりじりとあたしに近づいてきて。
あたしは、床にへたりこんだままあとじさることしかできなかった。

怖かった。
本当に怖かった。

壁際まで逃げたあたしは、追い詰められたのら猫みたいにがくがくと震えた。

「怖いか?俺が怖いか?」

つんくさんの声は、相変わらず平坦で。
血走ったその目は、でも、あたしのことすら映していなかった。
狂気の目。
言葉も何も通じない。

怖い怖い怖い。
殺される。
あたしに近寄らないで。
やめて、助けて。

「お前が悪いんやぞ?アホのクセにえらそうにしやがって。何がモーニング娘。は私たちのものです、や。アホか。お前に何がわかるんや。俺がどんなにお前らのこと愛してやっとるか。お前らの為にどんなに苦労しとるか。何で大人しぃ言うこと聞けやんのや?」

腕を捕まれて。
尋常な力じゃない。
もがいでも振りほどけない。

そして、鼻と鼻がくっつくくらい顔を近づけて。
でも、気味の悪い淡々とした口調でつんくさんはあたしに話し続けた。

あたしは恐怖に顔を背ける。
体の震えを、涙をどうすることもできない。
腕に食い込むつんくさんの指。

あたしが犯される。
ヤツの狂気に、あたしの恐怖に。
ヤツの力の前に、敗北が見える。

「どうや?何か言いたいことあるか?それとももう一回土下座するか?」

まるで囁くようにあたしの耳元に流し込まれる言葉。
その言葉が。
追い詰められて震えていたあたしに、記憶を蘇らせた。

負け犬になった自分の姿。

あたしは、またここでも負け犬になるの?
どんなに、自分に言い聞かせて、納得させて。
それでも。
あの時はあの選択肢しかなかったんだって思っても、あたしの中に刻み付けられた屈辱の記憶は消えやしない。
泥を舐めるのは、もうイヤだ。

頭が真っ白になった。

自分の絶叫が妙に遠くに聞こえた。
これが、あたしのギリギリの選択だった。

「触るな!!!あたしが汚れる!!!」

衝撃が走った。
二度三度、激しい痛みに見舞われて、やっと自分が、あたしの上に馬乗りになったつんくさんに殴られていることが分かった。

あたしは、両腕を上げて、顔を頭を守りながら。
それでも叫び続けていた。

「あたしは人形じゃない!!!あたし達は人形じゃない!!!」

何度も何度も、殴りつけられて。
段々と意識が遠のいていって。

でも、あたしは負け犬じゃない。
あたしはこんなヤツに汚されたりしない。

そんな思いだけがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。

最後の記憶は。
この部屋のドアが破られて。
何人かの男の人たちが入ってきて。
あたしを殴り続けるつんくさんを羽交い絞めにして―――。



あたしは。
あたしは、負け犬なんかじゃ、ないん、だ。



つづく


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